Profile

プロフィール
広川雄一(仮名)、28歳。石川県出身。私立大学経済学部卒(写真部)。 大学を卒業後、ファーストフードチェーン店に就職。入社から6年、先輩社員の退職がきっかけで、行政書士の資格を目指すようになる

(c)2009 行政書士 合格体験記

(1)先輩が会社を去っていった理由

人は自分より高いところにあった目標を見失うと、なんだか急にさびしくなったりするものらしい。
『自分で思っているほどには、俺は強くなかったらしい』。その頃の僕はそう思っていた。

その晩、小林さんのビールジョッキはもう3~4杯目だった。その居酒屋は、なんと言うか、小林さんと僕の会議室のようなものだった。酔ってくればもちろんバカもたくさん言い合った。
でも僕は、アルバイトの指導方法も、企画書の書き方も、サラリーマンの処世術みたいなものも、仕事のことは、その店でみんなみんな小林さから教わってきた気がする。

小林さんはその晩、少ししょっぱいエイヒレを噛みながらボソっと呟いた。
「お前もそろそろ将来のことを真剣に考えた方がいいよ」って。
小林さんは、その月末に退職するよう、もう会社に辞表の届も出していた。
「面倒な会社の送別会の前に、二人だけの送別会やろうぜ」と誘われて、僕らはその晩いつものテーブルを囲んでいたのだ。

小林さんは32歳の妻帯者、もうすぐ小学校に上がる娘さんもいた。もうエリアマネージャーのポストにも就いていて、ウチ会社ではどちらといえば出世の早い方、勝ち組タイプの人だった。
「広川よう。会社には会社の都合もあるんだろうけど、景気が変わるたびに右向いた左向いたりしなきゃあいけないサラリーマンは辛いなぁ」。エイヒレを飲み込むと、小林さんはそう続けた。

企業では人の入れ替えはつきものだ。だがフード業界では特にそのことがはっきりしていて、客足が遠のく不況の時は、決まってアルバイトの店員さんがばっさり解雇された。そして景気が上向き加減になるとまたすぐに新しい人を募集する。だけど新人が入ってくると、社員の僕らがまた一から教育指導しなければならない。入社してもう6年になる自分のことを振り返ってみても、そんなことが何度も続いてきた。

「同じことの繰り返しに疲れた。バイトさんを可愛がって育てても、自分で解雇を言い渡さなければいけないなんて、やるせないよ…」。小林さんが会社を辞めることにした理由は、大体そんなところだった。生真面目な小林さんだから、アルバイトの解雇にも胸を痛め続けてきたらしい。

「だけど小林さん、これからどうするんですか?転職するにしたって、いまの小林さんの年収を保証してくれる会社って、やっぱりフード業界しかないんじゃないですか?それに小林さん、沙紀ちゃん(娘)のこと私立の学校に通わせたいって言ってましたよね?そしたらやっぱりお金のこと心配じゃないですか?」

「お前にいわれなくても分かってるさ。俺だって好きでこの仕事を10年続けてきたんだ。納得がいくならこれからだって続けたいさ。だけど広川よう、悲しいことに、気持ちがもうそっちを向いてくれない…」。もちろん泣いたりはしないけれど、小林さんの目は少しうるんでいるように僕には見えた。

その晩は二人で終電まで飲み続けた。そして小林さんはその月末に会社を辞めていった。
僕の気持ちのなかに、なんとも説明のつけようのないモヤモヤだけを残して。


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